優しい胸に抱かれて
『くだらねぇ…。新婚ごっこに付き合ってられねぇよ』


紙切れを付き返せば『“ごっこ”じゃなく、新婚ですよ』と、律儀に訂正された。

鼻で笑って、うるせぇよ。そう小さく吐き捨てた俺に、静かでしたよ。と、わからない突っ込みを入れてきた。


『10月って、もう寒いですよねー?』

しみじみとした声を上げた平は空を見上げ、ポケットを探り出した。やがて出てきた煙草を1本引き抜き口に挟む。咥えて、空に視線を置いたまま火を点けた。


工藤と柏木が元の鞘に納まって2年。秋には結婚式を挙げる。すでに入籍済み、あとはその時を待つだけだ。

勢いですぐに結婚するんじゃないかと、周りから囃し立てられていたが、見事にその期待を裏切った。

工藤曰く、『2年の空白を埋めるのに2年かかった。空白の2年とこの2年で、実質4年だけど』と、意味不明な理論を笑いながら俺に聞かせ、招待状を手渡ししてきたのがつい先日。

暑くもなく、寒くもない6月か7月頭に挙げたかったらしいが、そうなると年度末の繁忙期に、式の準備や打ち合わせで時間を割いてしまうから、仕事に影響が出ない時期にのんびりと進めたいと、潔く諦めたんだとか。


『諦めた時点で、潔いとは言わねぇだろ』

『あははっ、確かに』

何が可笑しいのか、ここ最近あいつはよく笑う。ま、幸せそうでなによりだ。


工藤に限らず、プライベート話はこの場所で聞かされる。



平もそのうちの1人だ。

柏木を追っかけて入社してきたらしい丹野は、現在この平を追っかけまわしている。

平は大学卒業後、就職を機にやめた煙草を、ストレスで再び吸い始めてしまう始末だ。


人が煙草に手を伸ばす仕草は、どういうわけか自分もと連鎖反応を起こす。腰を持ち上げ、座り直し煙草を咥えた。


『3ヶ月後のことなんか知らねぇよ…』

そう言い捨て、煙草に火をくべた。

天気予報士じゃねぇんだ。と付け足せば、また平は『天気予報士でも当たりますかね?』と、さっきからなにが言いたいかわからない反応を示す。
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