優しい胸に抱かれて

会話が途切れ、彼の隣に並んで真似して壁に寄りかかった。

『工藤主任…、これからどうなっちゃうんでしょうね』

『このくらいで傾くくらいなら、とっくに傾いてるさ。ちょっとばかし人手不足は続くだろうけどさ、俺は前川さんが残って良かったって思ってる。あの人は自分にも他人にも厳しい人だ。けど…、一番人間ぽい』

『解る気がします』

森田さんは何というか、諍いを誘うような強圧的な人だった。前川さんも威圧感はあるけれど怖いのは顔だけで、心ある人だと感じていた。

『きっと、厳しい試練が待ってんじゃないかな、残るってことはさ。こんな話しすることじゃないよな』

『いえ、聞きたいです』

『…この前の話、聞いてただろ? 森田さんは前川さんをこの会社から追放しようとしてたんだよ。権力に物言わす森田さんの立場が実力ある前川さんに抜かれそうだったってのもあるだろうけど。他にも因縁があって、相当森田さんに恨まれてたんだ。書類改竄なんてのはしょっちゅうだったし、妨害ばっか受けてたよ』

『あ…、仕事以外のことで裏切ったって。…でもひどいです、それって逆恨みですよね…。あっ、じゃあ…あの時も…』

 あのシュレッダーの件を思い出し、思わず口元に手を当てた。


『そう、企画書をボツにしたのは森田さん。いよいよ妨害もやり尽くして、報告書を偽ったり、見積金額改竄したり、発注数書き換えたり。ありとあらゆる不正をして自爆。自業自得』

『そうだったんですね…。森田さんとあまり接点がなかったのでそんな悪い人だって知りませんでした』

『そう、あの人は悪い人。だから、柏木は知らなくてよかったんだよ。俺らは適当に交わせるけど、柏木なら…、すぐ騙されそうだもんな?』

奥歯に物が挟まった時のような、最後の方の語尾の歯切れの悪さが、馬鹿にされているんだとはっきりと伝わってきた。

『主任、ひどいです。そこまで間抜けじゃありません』

『ぶっ、あはは。誰も間抜けとは言ってないだろ』

『そっ、それ、それですっ。それ、その主任の笑い方っ』

『わかった、わかった。ごめん。くっくっ…、その顔…』

謝っておきながら笑いをかみ殺しているあたり、ちっともわかっていない。


眉を顰める私の眉間を指で押し上げた彼は、笑いすぎて苦しげな顔を綻ばせた。

『柏木? ごめん、悪かった。本当は…、少し不安だったんだ。誰かに聞いて貰いたかったのかも。話しに付き合わせて、ごめんな? それにちょっとすっきりした』

初めに感じた不信感を払拭し、顔を覗かせ微笑んだ彼はいつもの変わらない姿に戻っていた。私は力一杯首を振ると、優しく笑ってくれた。
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