ビューティフル・ワールド

「そっちは? なんでやめたの、絵。」

その調子で、あっさりと踏み込んでくる。
本当に興味があって聞いているのだろうか。
癪に触って、柳瀬は短く言った。

「りらの絵を見たから。」

反応を伺うと、りらはグラスを口に持って行きかけた手を止めていた。

「…へえ。」

柳瀬はそれを見てひとまず満足した。

「1年の時、学内コンクールで優勝してロビーに飾られてたろ。」
「ああ。」

りらが可笑しそうに、あれか、と笑った。

「親に優勝出来なかったら学費止めて見合いさせるって脅されて、仕方なく狙って取ったんだ。そうだあれが初めて取った賞らしい賞だったな。」
「普通は狙ったからって取れないんだよ。それまでの受賞作も、同年代のどんな作品を見ても何とも思わなかったけど、あれを見て、ああ俺には無理だなと思った。」
「へえ、潔いな。」
「審美眼があると言ってくれ。それで卒業制作はほどほどにして就活した。」
「それは悪かったな。」
「いや? お陰で今、天職についてる。」

その言葉に嘘はなかった。
実際、柳瀬には天性の眼と嗅覚があった。作品の価値やその質を正確に見極めることができ、ニーズと芸術性のバランスをうまく取り、商売に繋げる才覚にも長けている。

「ふうん…」

りらは頬杖をついて酔いがまわり始めた目で、悠然と微笑む柳瀬を眺めた。

本当に美しい男だ。
上着を脱いで、ネクタイを緩めたワイシャツの襟口からちらりと覗く鎖骨が艶めかしい。
程よい肩幅に、太すぎずしかしやはりどこか男を感じさせる腕、光るグラスを持つしなやかな手、バランスよく配置された色の薄い両眼と、笑みをかたちどる唇。
どれもが絶妙に作用し合って、うっとりするほど色っぽく、薄暗がりに浮かび上がる佇まいは高貴で、神秘的だ。

モデルが本業でも、天下を取れただろうに。
< 13 / 64 >

この作品をシェア

pagetop