好きと言えなくて
キスシーンも田城ちひろのリードでなんなく終えた。


なんなくと言っても、何回も取り直したけど。


何回もキスしちゃったし。


監督が初々しさが良いと誉めてくれたけど、ドキドキし過ぎてセリフがかなりぎこちない。


《鈴が好きなんだ。玲子の事はもう忘れた。》


《嘘だ。尚宏は玲子さんを忘れる事は出来ない。》


《そんなことないだろ。》


《尚宏は今も玲子さんを愛してる。そうでしょ。》


《そんなに驚かなくても分かっているから。》


《俺はもう……》


《もういいから、無理に私を愛そうとしないで。これ以上惨めになりたくない。》


胸が苦しくて上手く呼吸が出来ない。


演技なのにまるで現実のように胸が締め付けられる。


その場に泣き崩れた。


監督のカットが入る。


喜村マネージャーに貰った水を一気に飲んだ。


むせてしまった私の背中を喜村マネージが指すってくれてると、目の前に喜村悠里さんが現れた。


「あなたが新人の子なのね。伊知郎さん中々素敵な子だわ。」


「はい。社長、僕もそう思ってます。」


母親を社長と呼ぶなんて、本当に驚きだ。


喜村悠里は大物演歌歌手と言っても、まだ30代の後半だったと思う。


喜村マネージャーは33才。


あれ、親子にしては年が近すぎる。


「親子と言っても義理の仲だから、悠里さんと親父が再婚して、俺は一応息子になった訳。」


40才前の喜村悠里が事務所の社長。


俳優の高村向陽は社長とかには向いてないらしい。


高村向陽は喜村悠里の籍に入ったと言うから、これもなんだか複雑だな。


私には関係ないから、どうでもいいことだ。






























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