名前で呼べよ。~幼なじみに恋をして~
そうちゃん、美里、と、お互いに練習するみたいに呟く。


「そうちゃん」

「うん」


そうちゃん、と。確かめるように音をなぞれば、呼び慣れた通りに口が動く。


愛しさが広がる。


大切で、特別で、ちょっとだけ気恥ずかしい、名前。


「美里」

「うん」


そうちゃんがわたしを呼ぶのに頷く。


「美里」

「何、そうちゃん。練習?」

「そ、練習」

「そ、っか。練習ですかそうちゃん」

「練習です美里。だから、大人しく呼ばれてて」

「……はーい」


わたしたちにはいくつか建前が必要だった。


そうでもしないと、お互いに、相手の真っ赤な顔を茶化してしまいそうだった。


あまりに照れくさくて、茶化して、やっぱなし、とでも言ってしまいそうだった。


そうちゃん。


そうちゃん。


『名前で、呼べよ』


何度でも呼ばせて。


ずっと呼びたかった名前だから。


わたしとそうちゃんの、わたしたちだけの、幼なじみの証だから。


大切にしてきた、これからも大切にしたい、呼び名だから。


「そうちゃん」

「ん?」

「何でもないよ。呼びたかっただけ」

「あ、そ」


そうちゃんが嫌にならない限り、何度でも呼ばせて欲しい。


思い出を抱きしめていたい。そうちゃんの隣にいたい。


文字でも、口頭でも、特別な名前を呼ぼう。


呼び慣れた五文字を呼ぶ練習を、しようよ。
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