となりの専務さん
ロープウェイが動き始めて数分後、専務が口を開いた。


「……昨日の夜、なにかあった?」

「え?」

「なんか、様子がおかしかった」

「それは、お父さんが病気で倒れたって誤解してたから……」

「その前。電話が来る前。様子おかしかったし、なにか俺に言いたいことがあったんじゃない?」

専務は特別怒るような様子はなく、あくまで冷静にそう聞いてくれている。突然別れ話なんか持ち出した私に対して、ひどく怒っててもおかしくないのに。


「……」

言っていいのかな。でも、葉津季さんはあの話を専務に話しても構わないと言った。それはむしろ、専務ときちんと話すべきだという意味だったかもしれない。専務に話すべきことじゃなかったら、あんな風には言わなかったはずだ。


私はゆっくりと口を開いていく。


「……専務が、私と付き合ってるままだと、や、役職を外されるかもって……」

私がそう話すと、専務は


「はーーー」

と、深いため息をついた。


「誰に聞いたのそれ。社長?」

「あ、いえ、昨日の夕方、葉津季さんがアパートに来てて、それで……」

「おせっかいだな、あいつも」

専務はもう一度深く息を吐いた。
そして、
「広香が気にすることじゃない」
とも言ってくれた。


……専務はやさしいから。
私に気を遣って、私が気にしないようにふるまってくれるんだろう。今も、これからも。


……でも、私は本当にそれでいいの?
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