あるワケないじゃん、そんな恋。
「分かったよ、逃げるから押すなって!」


来た道を戻りだした羽田の背中に安心して、さっき読みかけていた本を手にする。


一流企業の御曹司と恋に落ちる女性社員の話。
夢の様なプローポーズシーンから始まる文章は、女なら誰でも思い描きたくなる内容だ。


でも……



「ちゃんちゃらオカシイ…」


私にとっては、大企業の御曹司も社長も課長も雲の上の人。
しがない古本屋のパートとして働いてる身分からすれば、正に架空の世界。
想像もできなければ、企業のイメージすらも湧かないのが現状だ。


「やっぱダメ。何度読んでも理解不能だわ…」


パタン…と本を閉じて棚に戻した。

書いた人がどうとかじゃなくて、私の感性そのものが貧弱なだけ。
だって、私は上役との恋どころか、恋そのものが未経験だから。





「……上司との恋愛って、やっぱワケありになるんかなぁ…」


ジャカジャカ…と煩いロックをBGMにした立ち飲みバーで、私はグラスワインの白を飲みながら呟いた。


「社内にバレたらマズいかなぁ……有名企業の社長だの御曹司だのって、必ず許嫁とかいそうだもんねー」


しかも、その相手って必ずと言っていいほど大富豪だよね、きっと…と、ありったけの想像力を膨らませて付け加えた。


「……何だよお前、そんなに高級志向なのか?」


飲みの相手をしていた同僚の羽田は、ライムチューハイのグラスを傾けながら聞き返してきた。


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