おふたり日和 ―同期と秘密のルームシェア―
「………さーて、お風呂はいろ!」


私は空気を変えるように言った。


「おう、入ってこい」


トラもいつものように答える。


羽織っていた秋物のコートを脱ごうとしたとき、つんっと髪が引っ張られるような感覚がして、私は思わず声をあげた。


「どうした?」とトラがこちらを見る。


「あー、うん………ヘアピンに引っ掛かっちゃって」


今日は学生時代の友達の結婚式があって、香苗と早めに待ち合わせて、美容院でヘアアレンジをしてもらったんだけど。

実は、今まで私はいつも自分でやっていて、プロにアレンジしてもらったことがなくて、こんなにたくさんのピンが頭に付いていることに慣れないのだ。


「ばーか。先に外さないとだめだろ」


トラがくすくすと笑いながら言った。


「ですよね~」

「ほんと抜けてるな。外してやるよ」


え、と驚く私をよそに、トラはすっと手を伸ばして私の髪に触れた。


また、どきっとする。

髪を触られるのなんて、初めてでもなんでもない。

トラだって、何の気なしに触れてきただけだ。


それなのに、鼓動はおさまってくれない。


トラの指が、こめかみ辺りのピンにかかった。

私のすぐ目の前にはシャツの胸がある。


思わず俯いたとき、トラが「あ」と小さく呟いた。


「………なに?」

「せっかくだから、ちゃんと見とこう」



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