ヒロインになれない!
グッズショップを素通りし、私達は会場に入り、お席についた。
3列め、上手サブセンター、通路横。
会場では、既にファンが立ち上がり、手拍子で、イデアの登場を待っていた。

照明が消えて、ステージにメンバーがスタンバる。
カチカチカチ……と、ドラムスティックが交わる小さな音がして、ステージがパッと明るくなった。
大音量の音楽が、バーン!と積み上げたアンプから押し寄せる。
……う、うるさい……これ、知織ちゃんにとっては、騒音以外の何物でもないんじゃないだろうか……。
両耳を両手でふさいで隣の知織ちゃんを見ると、知織ちゃんは両手で口を覆っていた。

知織ちゃん?
目を大きく見開き、小刻みに震える知織ちゃん。
その両目から、ホロホロと涙がこぼれ落ちる。
どうしたの!?知織ちゃん!うるさ過ぎて、泣けてきた!?

「し~お~り~ちゃ~ん!?だ~い~じょ~~~ぶ~~~~?」

声を張り上げても、大音量で自分ですらほとんど聞こえない。
やっと1曲終わったところで、知織ちゃんがステージから目を離さずに、私に伝えた。

「由未ちゃん……あの、ギターの人なの……私が好きになった人。」
「はあっ!?」

そのギタリストが、一歩前に出てきて、ソロでギターを泣かせた。
キュイ~ン!と、高い音が響き渡る。

知織ちゃんの目から涙が消えて、うっとりとした表情に変わる。
……はじめて見る知織ちゃんだった。
百合子姫もそうやけど、恋する乙女は、何てかわいいんだろう。

ギタリストを見つめる知織ちゃんを、私はつい、見つめてしまった。

2曲めが終わり、真ん中のヒトがハンドマイクを持ち替え、挨拶とメンバー紹介を始める。
知織ちゃんの好きになった人は、リーダーの一条 暎(はゆる)さん。

「はゆるさん……」
名前を聞くまでもなく、わかってしまった。
確かに、サラリーマンでもなく、ギラギラしたおじさんでもない。
でも、これは……どうすればいい?
知織ちゃん、ファンとして応援するんじゃ、ダメですか?

そんな風に思っていたのだが、この3列めサブセンター通路横という席は、やはりステージからもよく見えたらしい。
一条さんが、どうやら知織ちゃんに気づいたようだ。
わざわざ曲の途中で、私達の前までやってきて、やたらアピールを始めた。

ウィンクまでした!!

知織ちゃんは、一条さんから目を離さなかった。

あかん……マジや……。

私はこっそりため息をついた。
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