俺様当主の花嫁教育
御影さんは茶器を軽く横にどけて、お茶を味わう私に真っすぐ向き直った。
そして、呟く。


「……大寄せでお前に振る舞ったのは、影点てした茶だ。目の前で点てるのとは、当然味も風味も変わる」

「か、げだて……?」

「あらかじめ用意した茶ってことだよ」

「あ、ああ……」


そう言われて思い出す。


そう言われれば、私の目の前で御影さんが点てたお茶は、あの時の正客だった『錦織のおばさん』に振る舞われただけだ。
私の前にはお運びさんが運んでくれた。


「それじゃあ……御影さんのお茶をいただけるって、とても貴重なことなんですね」


素直にそう呟くと、フッと不遜な笑い声が聞こえる。


「畏れ多いだろ」

「……それを自分で言ったら台無し」


頬を膨らませて肩を竦ませる。
それでも御影さんも私の手放しの賛辞にそれなりに気分がいいのか、ただ口元を緩めて笑うだけだ。
そんな素の笑みにドキッとするのを見透かされないように、私はそっと目を伏せた。


黙ったまま、この不思議と甘い、苦いはずの抹茶を口に運ぶ。


何故だか自分でもわからない。
だけど……。
私一人に御影さんが点ててくれたお茶は、御影さんの心が籠っているのが感じられた。


それをどうして『甘い』と思ったのか、自分でもよくわからない。
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