オフィス・ラブ #∞【SS集】
恵利ちゃん。
最近、男の人にそう呼ばれることがなかったので、一瞬、自分のことだと気づかなかった。
映画館のロビーで、壁にもたれて立っていた私は、少し見回して声の主を探す。
軽く手を上げてこちらに近づいてきたのは、確かに記憶を探れば懐かしく思い出せる、大学時代の先輩だった。
「びっくりした、なんで大阪に?」
「ちょっと、人に会いに。先輩こそ」
「俺は、元々こっちの出身だから。Uターン就職ってやつだよ」
私は、大学でサークルには入らなかったんだけど。
それでも入学当初は、タダで飲み食いできるしと、いくつかの飲み会に参加した。
そこで会ったのが、一年上の彼だった。
面倒見がよくて、盛りあげ上手。
どんなに騒いでも、はめをはずしきらない理性が好ましく。
垢抜けた容姿は、地方から出てきた私には、まぶしいくらい素敵に映った。
「でも言葉、全然わからなかった」
「俺、両親は、東京の出だから」
私の隣にもたれて、あははと笑う。
変わってないなあ。
ううん、やっぱり、年月のぶん落ち着いて、素敵になってるな。
もう、8年前か。
いや、この春で、9年だ。
「相変わらず、可愛いね」
「そんな歳じゃ、ないです」
上京したての、右も左もわからない、あの頃のあどけない可愛らしさが、今の自分に残っているわけがない。
けど悪い気はせず、ふふっと笑いが漏れたところで。
物販コーナーのほうからゆっくりと近づいてくる、背の高い人影と目が合った。