鬼課長の憂鬱
 と思ったが、詩織は何とも格闘していなかった。


「おまえ、コーヒーメーカーの使い方、よく解ったな?」


 詩織はシンクの前に背中を向けて立っていたが、俺に気付くとクルッとこっちを向いた。


「うちのと同じだもん」

「そっか」

「おにいちゃん、おはよう!」

「お、おお、おはよう」


 まだ俺をそう呼ぶのかよ。昨日だけのはずだろ?

 だが、詩織本人はその呼び方を気に入ってるようだし、そう呼ぶ事でいくらか敬語でなくなってるように思うから、まあ、いいかな。


 今朝の詩織は、あの“お泊まりセット”に入れていたらしいグレーのスウェット上下を身に付けていた。どうりでバッグが大きかったわけだ。

 その身なりは機能的にはなんら問題なさそうだが、俺的にはちょっとばかり物足りない。つまり、もう少し色気がほしいところだ。露出があればベストだが、せめてピンクとかの派手目な色合いはどうだろう。


「コーヒーは向こうの部屋で飲むよね?」

「ああ」


 と言ってから、俺は目の前にあるテーブルに目をやった。

 ダイニングと呼ぶほど広くはないが、キッチンには小さなテーブルと椅子が2つある。かつて、ある女性と暮らしていた時は、ここで食事をしたものだが、今はすっかり物置きと化している。

 そうか、ここに椅子があったんだなあ……


「詩織、やっぱりここで飲むよ」


 俺はガラクタが乗りまくったテーブルを指さした。


「えー、それは無理でしょ?」

「速攻で片付けるからさ。ちょっと待ってくれ」

「コーヒーが冷めちゃうよ」


 そう言いながら、詩織はコーヒーが入った2つのマグカップを両方の手に持ち、向こうの部屋へ歩きだした。


「あ、それは俺が運ぶから」

「手が塞がってるのに?」

「え?」


 俺は後ろ手で持っていた丸めたシーツの存在をすっかり忘れていた。

 ダッシュでバスルームへ行き、洗濯機にそれを投げ込み、戻った時には、詩織は既に腰を屈め、部屋のローテーブルに2つのマグカップを置くところだった。

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