奏で桜
「…失礼します。
そろそろ夕食をお下げしても
宜しかったでしょうか?」



集中が切れたせいか彼女の眼も
元の澄んだ蒼色に戻ってしまった。
そして、彼女は僕の方を一瞥して
逃げるようにその場から
立ち去っていった。

僕は黙って立ち去る彼女を
ふいに目で追いかけると、
彼女のその目が
潤んでいるように、僕に
助けを求めている
ように見えたのだった。






「覗き見はあまり良い趣味とは
言えませんね。」


貴婦人は僕に注意を促すと
紅茶をもう一口飲み、
ため息を吐く。



「…申し訳ございません。
偶然、その場で立ち会って
しまったもので…」



そして僕は貴婦人の言葉に
耳を傾けながら慣れた手つきで、
食器を効率よく片付けていく。

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