イジワル社長と偽恋契約
私が笑うと夫人もお茶目な顔をして一瞬だけ微笑んでくれる事を知っているからだ。


彼女は冷酷な女王様のように裏では扱われているが、とてもキュートであだ名を付けるとしたら「小悪魔」がとても似合う女性だ。





「…さて、そろそろお店の方に行かなくちゃ。私はこれから副業に専念するから後は頼みましたよ」


ハンカチをバックにしまいふんと鼻を鳴らす玲子さんは、どこか失恋をした少女のように見えた。

やはり彼女はとても可愛らしい女性だと思う。


ちなみに彼女はいくつかのジュエリーショップやレストランを経営していて、白鷺ハウスの社員でもあり経営者という顔もあるが最近は副業の方に力を入れているようだ。





「はい…」


私はとりあえず返事をするしかなかった。

玲子さんは社長への長い長い片思いを終え、やっと第二の人生を歩むつもりなんだ…

それがわかったからには彼女を引き止める事は出来なかった。






「主人が託したあの若社長…これからどうなるか楽しみですね。私は遠くから見ていることにしますよ」


そう言って意地悪っぽくクスッと笑うと、玲子さんは私から離れて行った。


私は返す言葉が見つからないまま、その場に立ち尽くして夫人が見えなくなるまで頭を下げる。


社長の息子さんの存在と玲子さんの過去を聞いて、今はずっと疑問に思っていた事が少しだけわかった気がする。



白鷺夫婦にはなかなか子供が出来なくてずっと悩んでいたと、先輩社員から聞いたことがあった。

子供を授かれない玲子さんは、養子縁組まで考えてなんとか会社の跡取りを残そうとしていたが、白鷺社長はずっと断っていたらしい…


私は女だし玲子さんの気持ちがなんとなくわかったから、社長の対応には女性としては酷いかなと思ったりしていたが…


息子さんがいたという事実がわかった今、社長は以前から旭というあの男を自分の跡取りにするつもりだったというわけか…



社長…


あなたが亡くなった今…

こんなびっくりサプライズを受けた私は立っているのがやっとですよ…


もし今あなたが幽霊として目の前に現れたら「やってくれましたね」と厳しいお言葉をかけているところです。






「ふぅ…」


その場で肩を落として息を吐いた私。


とにかく今は現実を受け止めるしかないのか…

どうなるかわからないけど知らんぷりするわけにもいかないし。


玲子さんは白旗を上げたのだ。

私も降参してしまったら社長が悲しむ。


どこか覚悟を決めた私は、深呼吸した後でもう一度会議室の扉を開けた。






「ーー…ですから私は、亡き社長の意思を受け継ぎ精一杯この会社を守り抜きたいと思っています。どうか社員の皆様にご理解とご協力の程よろしくお願い申し上げたいのです」
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