王子様はハチミツ色の嘘をつく
少々肩を落としつつも、その後涼子さんから秘書課で扱っている基本的な書類などの説明を受け、実際にいくつか礼状の作成をやらせてもらった。
それくらいは庶務課で何度も経験があったから、文面に悩むこともなくこなすことができた。
送付の手配まで済ませたころには壁の時計が午後五時半を指していて、窓の外は夕陽の色に染まっていた。
「じゃあ、次は……」
私の作った礼状をチェックし終えた涼子さんが秘書課を見回して、私に与えられそうな仕事を探す。
けれど、それが見つかる前に、それまで自分のデスクで仕事をしていた深見さんが私たちの元へやってきて、指示を与えた。
「藍川、今日はそのくらいでいいでしょう。社長が戻られましたので、芹沢さんは社長室へ」
「あら、早かったのね」
意外そうに言った涼子さんはぽんと私の肩を叩くと、耳元でこっそりと囁く。
「きっとあなたのこと苛めたくて苛めたくてしょうがないのね。……頑張って」
私は肩をすくめながら、口元をひきつらせて笑う。
「涼子さん……。それ、励ましと言うより脅しですよ」
「あら、ごめんなさい。健闘を祈る、って意味よ?」
悪びれもせずにっこり微笑む涼子さんこそ、社長に負けず劣らずSっ気漂ってるような……。
そんなことを思いながら秘書室を出て、壁の両脇に蜂蜜の並んだ長い廊下の先にある社長室へ向かう。
華乃のこと、社長は私になんて説明するつもりなんだろう……。
いい加減なことを言われたら、怒ってもいい? いいよね……女心を弄んだ罪は重いんだから。
ぐっと握った拳のなかにそんな決意を秘めながら、私は辿り着いた社長室の前で、扉をノックした。