王子様はハチミツ色の嘘をつく


挙動不審に視線を泳がせた後助けを求めるように涼子さんにすがろうとすると、彼女は知らんぷりでパソコンに向かい、私が読んだ文章をあっさり削除。

りょ、涼子さんひどい……!


「新人秘書は黙っていなさい」


重役の一人にたしなめられ、私は泣きそうな顔で頭を下げた。

それから何気なく、対角線上にいる社長の反応をちら、と窺うと、ばっちり目が合ってしまった。

澄んだ夜空のように美しい彼の瞳に、からかいの色はない。

ドキッとしているうちに視線は外されて、彼は重役を見渡しながら口を開く。


「……僕はいつも言いますよね。会社の予算も皆さんの家のお財布事情と同じ。無い袖は振れないのだと」


……あ。そういえば、その台詞は上倉がよく真似てたな。上倉が入社した年の研修で社長がそう言ったのが、かなり印象的だったみたいで。

でも、その言葉には続きがあったような……。


「もっとも手っ取り早く削れるのが人件費……つまり社員を減らせばいい。しかし、会社に利益をもたらしてくれるのもまた、社員です」


……そう。恐ろしい発言かと思いきや、パッと目の前が開けたような気がする、そんな言葉だった。

ただ、日ごろの社長のクールな様子から、前半の言葉がひとり歩きしてしまっていたんだ。

たったいま、私もそのことを思い出した。



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