海は悲しきものがたりいふ
はかなし声もまぼろしもなき
彩瀬の遺体は病院に検体し、解剖された。
最後はカリニ肺炎ともニューモシスチス肺炎とも言われた。

あんなにも愛した美しい身体は、見る影もなく変化していた。
……そして乳白色と褐色の骨となり、小さな箱におさめられた。

葬儀はほとんど覚えていない。
ただ、心から泣いてくれている人がえらく多かった。

けっこうなお歳のかたから、どこで知り合ったのかよくわからない少年少女まで、老若男女に愛されていたらしい。
……参列者があまりにも嘆き悲しんでくれるので、何だか変な気分になった。

「彩瀬と関係をもった人って、もしかしてみんな、自分が彩瀬の一番って思うのかな……彩瀬ってそういう手練手管(てれんてくだ)に長(た)けてたのかな……私も実は優先順序低かったかな。」
ほとんど眠れず朦朧とする頭で、頼之さんについそうこぼしてしまったぐらい私は弱っていた。

「アホか。付き合いきれんわ!」
毎日のように様子を見に来てくれる頼之さんでも、そう吐き捨てて帰ってしまう。
……それでも翌日もまた来てくれたけど。

私は迷路に落ち込んでいた。
彩瀬という光が消えて、私は暗闇にうずくまるしかできなかった。

そうこうしてるうちに、目に見えてお腹が張ってきた。
もう隠すのも限界だろう。

私は両親と相談して、学校に休学を申請した。
驚くほどあっさりと3月末までの休みをいただけた。
来年の4月にもう一度1年生からやり直す許可をもらえたのだ。
狐につままれた気分だったが、どうやら理由は私ではなく、頼之さんにあったらしい。

呆れたことに、私のお腹の子の父親は頼之さんだと思われていた。
頼之さん自身が、それを否定しなかったようだ。

学校側にしてみれば、せっかくインターハイ出場を決めたサッカー部のキャプテンで、しかも自力でどこの大学でも合格できる学力を持っているのにサッカー名門大からの誘いまでもらっている頼之さんに一点の傷もつけたくなかったのだろう。

もちろん、私自身も一年遅れたとしても進学率に貢献するつもりだ。
教務課に手続きに行った時、私は彩瀬の担任、つまり頼之さんの担任でもある女性教諭に呼び止められ、ねちねちと嫌味を言われて事の真相を知った。

「……ご迷惑をおかけいたしますが、やましいことは一つもありません。小門先輩にも関係ありません!」
何でそういうことになっとーねん!

腹の虫がおさまらず、帰宅後すぐに頼之さんにメールした。

<何で頼之さんの担任に嫌味言われなあかんのよ!勝手に片棒かつがんとって!>

返信はなかったけれど、15時半頃、アイスクリームを持って頼之さんがやってきた。
何事もなかったかのように、にこやかに母に挨拶をして、アイスを渡していた。
「あおいは食わんとき。腹冷えよーから。」

そして、いつものように彩瀬の遺骨に手を合わせてから、口を開いた。

「吉川に約束したからな。あおいを守るって。」
< 55 / 81 >

この作品をシェア

pagetop