『ゆる彼』とワケあり結婚、始まりました。
「…少ししみるかもしれませんけど、我慢なさって下さいね」


頷いて目を閉じた。

細心の注意を払いながら、傷口にオキシドールが塗られていく。
ピリピリとした痛みに耐えながら、あたしの代わりに何度も「痛そう…」と言う咲子さんの声を聞いてた。


「綺麗なお顔なのに傷がついて……痕が残らなければいいんですけど…」


聞きづて慣れない言葉に苦笑した。
あたしがリビングで治療を受けてるところへ、久城さんが着替えてやって来た。


「傷の具合どう?」


近付いて眺める。

あんまり寄られると困る。
あたしはきっといいニオイはしない。
施設独特のニオイは、セレブな人達には理解できない筈だ。


「何かの角に額をぶつけられてるみたいですね…。傷口が三角に切れてます…」


的確な観察力にぐうの音も出ない。
押し黙る以外に方法のないあたしの横に来て、久城さんは優しく問いかけた。



「…何があったのか話してもらえますか?」


紳士的な態度を見せられる。
これまでで知る限り、一番近寄り難い雰囲気だ。





(……教えられない……)


咄嗟にそう思ってしまった。

ほぼ無意識でここへ来たけれど、仕事場で武内と再会したことなんて話せない。

話せば過去に自分が犯した愚かな行動までも伝えないといけなくなる。

暴力が怖くて自分の体をネタに別れを求めた。

恐れながらも一晩中あの男に求められた自分…。

屈辱と情けなさに泣きながらも、やはり快感に浸ってしまった愚かさ。


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