⁂初恋プリズナー⁂

胸の奥で、何かが疼く感触がする。

思考の波の中で、しまい込んだ記憶が見え隠れした。

だけどそれは、決して不快なものじゃなくて甘く痺れる、幸せの欠片。

そのページは大きくうつる人物写真と、インタビュー記事が掲載されていた。

「はぉ……」と深い溜め息を零しながら、懐かしさにその人の写真を見つめ、指でなぞる。

ついこの間まで隣に居たのが嘘のように遠く感じる。

記事もざっと流し読みをしてみると、ビジネス雑誌らしく経済の事やこれからの篠田商事の展望。

今取り掛かっている事業についてや、業務提携による事業拡大について記載されていたけど……あまり頭に入って来なかった。

読み進めるうちに『婚約』の文字に瞳がとまり、指先から熱が引いていく。

後文には、そろそろ噂の婚約者との結婚は?という質問がされており、心が歪む音がした。

香織さんが言った通り、颯ちゃんは仕事で飛び回る香織さんのお父さんの元を訪れ結婚の許しを乞いに行ったようで、『結婚に向けて身が引き締まります。この人を一生大事にしていきたい』と書かれていた。

その一文に、颯ちゃんが香織さんをどれだけ想っているかがうかがえて、ショックだった。

ちょっとでも自分が想われてるとか、愛されてるとか思ったのが、情けなくなった。

解ってたつもりだったけど、私は本当にで愛人でしかなかったんだ。

歪む視界に、記事を読み進める気力もなく。

持っていたスプーンを半分以上残っているスープの中に沈め、鞄を持って仕事へと向かった。

りことの事は火種にもなっていないようだし、りこ事態、何も存在していなかったかのような気がした。

あれは、夢だったのかな……。

外は良く晴れていて、眩しすぎて視界が滲み始める。

苦しくても心臓が破裂しそう。

認めたくない。

颯ちゃんに会いたい。

さみしい。

悲しい。

今すぐ抱きしめて、この痛みを消し去って欲しい。

心を覆う様々な感情が、寂寥を深める。

だけど、どれも明瞭な言葉には出来ず、悲鳴は心の奥へと沈めた。

離れても、こんなに心を蝕み続ける痛みがこの世に存在するとは思いもしなかった。

大切な人が幸せなら……なんて、そんな恋人達のような境地には到底至らなかった。

初めてのリアルな恋は、当初思い描いていたような潔い幕切れではなかったし、会いたいと叫ぶ心のコントロールは凄く難しい。
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