フキゲン課長の溺愛事情
 璃子はベッドに背を向けて、クローゼットの扉を開けた。吊してあるスーツやブラウスの類はキャリーバッグとボストンバッグに詰めた。下着や冬物の衣類の入っているプラスチック製の衣装ケースはそのままにしておく。

(これで全部かな……)

 ベッドルームの荷造りが終わると、今度は洗面所の化粧品をバッグに詰めた。それからリビングの本や雑誌、CD、小物類を段ボール箱に詰める。

「読まない雑誌はもう捨てちゃおう」

 まとめてひもで縛って玄関に置いた。

(ゴミぐらいは啓一に出してもらおう)

 それがすむと、ぱんぱんと手をはたいて、部屋をぐるりと見回した。

 部屋のほぼ半分を占めていた璃子の荷物は消えたが、啓一のものはそのままだ。窓にかかったグリーンのカーテン、共有してたスチール製のパソコンデスクとチェア、啓一の本やコミック、雑誌だけが残った本棚……。

 自分のものだけないという状態に、心を半分もぎ取られたような気さえする。

 三年前、啓一とこのマンションを借りたときは、自分と彼のものが増えていくのがうれしかった。彼との生活を少しずつ積み上げて揺るぎないものにしてきたつもりだったのに、その生活は璃子の気づかぬ間に傾き始め、ついに崩れてしまった。
< 82 / 306 >

この作品をシェア

pagetop