罪深き甘い囁き
理由。

巧は知らない。
私が図書館へ通う理由を。
わざわざ郊外のここを選ぶ、本当の理由を。


街の中心地から車で30分。
午後8時の空の下、小高い丘の闇の中に忽然と姿を現したように佇む図書館の入口は、まるで私の来館を待っていたかのようにスーッと開いた。

煌々と光を放つドアを抜けると、握られていた巧の手を離し


「ちょっと行ってくるね」


一人図書館の奥へと足を進める。

人のまばらな館内。
立ち並ぶ書棚をいくつも通り抜け、目的の通路まで来ると足を止めた。

人に忘れ去られたような専門書の棚。
その片隅に分厚い本を左手に抱え、真剣にページをめくる彼がいた。

ここから先は異空間。
はやる心を抑え、ゆっくりと足を進める。

私に気づいた彼はそっと本を閉じると、真っ直ぐな眼差しでフワリと笑った。


会いたかったの。


想いを唇に乗せ、彼の首に手を回す。
彼の腕が私を引き寄せた瞬間、唇が重なった。


月に2度。
このキスを待ち焦がれて、彼の口づけがほしくて、私はここへ通う。

出逢いは半年前。
ミステリーの本を探して迷い込んだのが、この場所だった。
普段ならば絶対に立ち入らない、社会情勢の専門書が並んだ本棚。
< 1 / 10 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop