罪深き甘い囁き
桜色の誘惑
ヒラリと舞った桜の花びら。
それに誘われるように、8年ぶりに母校の門をくぐった。
左手にすぐある大きな桜の木は、今を盛りに花を咲かせ、風が吹く度に視界を桃色に染めていた。
この季節になると、思い出さずにはいられない。
あのらくがきを。
――先生を。
もう残っていないかもしれない。
そう思いながら木に近づくと、信じられないことに、それは未だそこに健在だった。
木の成長とともに、少しずつ皮に浸食されながら。
形をほんのすこし変えながら。
不格好に刻まれた相合傘。
自分の名前と大好きだった先生の名前を彫ったのは、卒業式の日だった。
「公共のものにらくがきは禁止だぞ」
突如、掛けられた声。
驚いて振り返ると、そこにいたのは紛れもなく、先生本人だった。
目をこすってみても消えない姿。
変わらない笑顔が私を包み込んだ。
「……先生、このらくがきのこと知ってたの?」
「当然だ」
「やだなぁ、それなら消しておいてよ」
恥ずかしさを隠そうと、強気で言い放った。
大学卒業と同時に教師として赴任してきた先生は、爽やかで優しくて、同級生とは違う大人の魅力に、恋心を抱くまで時間はかからなかった。
あの頃の5歳差は途方もなく遠くて。
想いを伝えることなど出来もせず。
桜の木に刻み込み、胸にしまったまま卒業を迎えた。
「凛、綺麗になったな」
挨拶代わりの言葉だと分かっていても、頬は緩んでしまう。