月下美人の咲く夜を

外回りを終え、営業所に戻るとにこやかな女性が迎えてくれた。

「戻りましたー。」

「あ、お帰りなさい。お疲れ様です。」

大学を卒業してからこの某有名自動車メーカーの販売店に就職して、もう3年半が経つ。

割とアットホームな、雰囲気のいい職場だ。

デスクに戻り書類を広げてノートパソコンを開くと、そっと傍に湯気の立つコーヒーマグが置かれた。

「…あぁ、吉野さん。ありがと。」

「いえ。5時に佐々木様、ご来店するそうですよ。」

佐々木様とは数回来店して新車購入を検討していた男性だ。

中古でもいいんだけどどうしようかと悩み、決めかねてひと月経っていた。

「お、やっと購入決めたか?了解。」

店の顔とも言える吉野さんは、来客対応から事務までこなす美人タイプの子で、今年の春入社したばかりの営業所唯一の女性だ。

人当たりが良く俺たち営業にもこうしてマメにコーヒーを淹れてくれたりして、気遣いがいい。

花を飾ったり来店したお客様に小さな入浴剤のギフトを作って配ったりということもしていて、以前までいたいつでもつまらなそうな顔をしていたお局サマとはエライ違いだ専らの噂だった。

彼女に惹かれて何度か来店するうち、結局軽自動車を買った中年の男性もいたっけな。

俺に、

『あんなかわいい子、誰もいないなら須賀さんもらっちゃったら?』

そんな風に茶化す人だっている。

きっと男なら誰でも惹かれるんじゃないかというような魅力があることは確かな女の子だ。


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