ヴァイス・プレジデント番外編
それでいいのよ、延大さん。

あなたは、私といるべきじゃない。


ううん、違う。

私こそ、彼のそばにいるべきじゃなかったのだ。

せめて、もう少し早く離れるべきだった。


私は誰かの隣で幸せに人生を送る自分を、想像できない。

妻になり、母になる自分を、想像できない。

明るく円満で、笑いに満ちた家庭を、想像できない。

なぜなら、そんなものを知らずに育ったからだ。


だけど彼は違う。

延大さんには、暖かい家庭と、愛すべき伴侶と、すべてを注がれて育つ子どもがよく似合う。

陽の光の下で、手に手を取り合って家族と生きていくのが、何よりも似合う。


私では、そんな人生を彼にあげることはできない。

そんなこと、最初からわかってたのに。


ごめんなさい、延大さん。

あなたのそばは、あまりに居心地がよくて。

あなたという光がつくる、のんびりと暖かい日なたで、もう少し、もう少し、とまどろんでいたくて。

あなたが握ってくれる手を自分から放すことが、どうしてもできなかった。



こんなことになる前に、離れなければいけなかった。

あなたに言わせる前に、私のほうから遠ざかるべきだった。


彼はきっと、私の抱える暗闇に気がついていた。

だからこそ、4年もの間、私を縛る言葉を何ひとつ口にせずにいてくれたのだ。


好きとも、愛してるとも。

ずっと、とか、これから、とか、そんな、未来を感じさせる言葉だって、一度たりとも彼の口からは出なかった。


彼は、ただひたすら、私の心が溶けるのを待ちつづけてくれた。

だけど私が幼少期から積みあげた重石は、ついに、瓦解することはなかったのだ。



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