季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
それから順平は、一言も話さなかった。

私は順平の言葉が気になって、布団に入って目を閉じてもなかなか寝付けなかった。

順平はなぜ、急にあんな事を言ったのだろう?

昔付き合っていた順平が言うのならまだしも、彼は同じ顔をした他人だ。

私がそれに気付いている事に驚いただろうか?

彼はどこまで私と順平の事を知っているのだろう?

そしてなぜ、順平のふりをしているんだろう?

順平のふりをしているのに、どうして昔の事をひとつも話そうとしないのか。

考えてみると謎だらけだ。

いつかはすべてをハッキリさせるべきなのかも知れないとは思うものの、今はまだ、本当の事を知るのが怖い。

それはきっと、まだ私の中にはあの頃のままの順平が生きているからだ。


もし万が一、順平が同一人物だとすると…。

なぜ、突然いなくなった私を責めないのか。

なぜ、別人のふりをしているのか。

どちらにしても謎だらけ。


だけど、謎は謎のままでいいのかも知れない。

知らないままでいた方が幸せな事もある。

順平との時間を止めてしまおうとしたのは私。

思い出の中の順平はあの頃のまま、私の中で鮮やかな色を放ち続ける。

たとえ私がどんなに変わっても、他の誰かのものになったとしても、それだけは変わらない。

上書きされる事のない順平と過ごした日々の記憶を、大切に守って生きていこうと、あの日私は決めたから。


私は今もまだ、恋をしている。


あの頃の順平に。





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