季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
閉店後、早苗さんはいつものように私を送ってくれた。

「順平はどうしたんだろうね。」

歩きながら早苗さんが心配そうに呟いた。

「わかりません…。」

実際、私にもよくわからない。

順平が行きそうな場所も知らないし、それどころか普段何をしているかもよくわからない。

私は順平の事を何も知らない。

本当に順平なのかさえわからない。

隣を歩いていた早苗さんが手を握った。

後ろめたさからなのか、少し手がこわばる。

私の様子が変だと気付いたかも知れない。

けれど、早苗さんは何も言わずにそのまま歩いて、珍しく寄り道をせずに、まっすぐ送り届けてくれた。

早苗さんはマンションの前で立ち止まって、私の目をじっと見た。

「…朱里、何かあった?」

「……何も…。」

早苗さんの目をまっすぐ見る事ができない。

「朱里は嘘つくのヘタだね。俺には話せないような事でもあったの?」

早苗さんは小さくため息をついて、返事に困って黙り込む私を少し強く引き寄せた。

「ん…?」

怪訝な顔をした早苗さんの指が、私の首の付け根に触れた。

私は咄嗟にそれを手で覆って隠そうとした。

早苗さんはその手を掴んで、私のシャツの襟をめくって首筋を見た。

そして、隠したつもりの首筋のキスマークに気付いた早苗さんは、私の肩を掴んだ。


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