季節外れのサクラの樹に、嘘偽りの花が咲く
「まさか…冗談でしょ?」

「嘘だと思うなら見に来るか?」

順平のやつ、恵梨奈を袖にする口実に私を使いやがった。

呆れて言葉も出ない。

しかしこの体勢で、洗剤の泡だらけの濡れた手をどうしたら良いものか。

私は二人の会話を他人事みたいに聞きながら、オバケのように両手を前に出して、その手から床に泡がポタポタ落ちるのを気にしていた。

おっと、今はそれどころじゃなかった。

恵梨奈とは明日からもカフェのバイトで顔を合わせるのに、気まずくなるのは困る。

顔を上げると、恵梨奈は口をギュッと引き結び目をつり上がらせて、鬼のような形相をしていた。

「朱里さん、黙ってるなんてひどい!!私、順平くんの事本気だったのに!!」

え?なんで私?!

「いや…ちょっと待ってよ、私は…。」

順平とはそんな関係じゃないと否定しようとすると、順平は咄嗟に私の口を塞いだ。

あろうことか、その形の良い色気のある唇で。

恵梨奈は泣きながら客席に戻り、グラスに残っていたお酒を一気に飲み干した。

そして乱暴に掴んだ高そうなブランド物のバッグから派手なブランド物の財布を取り出して、会計をきっちり済ませて店を出て行った。


ほんの数分…いや、数十秒前の出来事だ。




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