とっくに恋だった―壁越しの片想い―


頭を撫でる手を軽く払いながら「で、どうなんですか?」と聞く。

木崎さんは「うーん……」と眉をしかめて、しばらく考えてから、こちらを向いた。

「諦めるってなんで? 諦めなきゃいけない理由があるの?」
「……相手に、恋人がいるんです」

「あー、なるほど。……でも、それ、別に関係なくない? 勝手に好きでいるだけなら、相手の迷惑にもなんないじゃん」
「でも……自分が、ツラいじゃないですか。他の誰かを大事にしているところを見るとか……」

少なくとも、私は、今ツラい。

例えば、部屋が隣じゃなかったら、ツラさは半減したのかもしれないけれど……そんなこと考えても今更だ。

現状をどうにかしたいのに、〝例えば〟なんて、仮定をしていても仕方ない。

地面が、タイルからコンクリートに変わる。
ロータリー前を目を伏せ歩いていると、隣で木崎さんがなにかを決心したかのように「うん」と急に頷く。

顔を上げると、木崎さんは空を見つめながら口を開いた。

「だったら、ハッキリ好きだって言って、キッパリ振ってもらう。で、もう諦める。
自分の気持ちがそいつに向いている限りは、会わない」

暗くなった空には、ポツポツと細かい星が出ている。
木崎さんはそれを見ながら続けた。

「終わりにするんじゃなくてさ、始めんの。そいつに背中押してもらって、新しい自分を。
好きなヤツに背中押してもらえたら、俺、頑張れそうな気がするもん。
で、頑張ってる中で、きっと他に大事なヤツとかできるんだと思う」


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