バナナの実 【近未来 ハード SF】
第1章  カレーライスと10億円


■第1章 カレーライスと10億円■




辻は、成田空港から自宅へ向かう電車の中、久しぶりに見る日本の風景に違和感を覚えていた。


緑の水田、家に使われている灰色の屋根瓦、遠くに見える深緑の小高い山、何でもない日本の景色がとても新鮮だ。


それらすべて、東南アジアでは見たことがない風景だった。



辻雄也、34歳にて無職。

彼は、二年前、日本を飛び出しずっと海外で放浪していた。

ところが2007年の9月1日、自分のやりたいことが見つかり帰国。

数日して、以前お世話になっていた、近所のバイト先に顔を出した。


「おはようございます!」

店に入りスタッフに挨拶すると、そこに辻の知っている顔は一つもなく、彼らは少し怪訝(けげん)そうに目を凝らす。


二年間の日本不在を実感するのに十分な反応だった。

彼は、そのまま調理場を抜け奥の事務室へ向かう。

「おはようございます!」

「おっ、おっー! 辻君」

挨拶しながら部屋に入ると、大きな獲物がかかった釣り竿(ざお)を落としそうな勢いで、イスの背から飛び上がった店長が笑顔で迎えた。


「久しぶりだね。全然、連絡ないから心配していたよ」

以前と何ら変わらない店長の笑顔は、辻に唯一の安心感を与えた。



一通り旅の土産話を終えると、「店長なりの意見を聞かせて欲しいんですけど・・・」と改まった前置きをした辻は、玉手箱に入った疑問をゆっくり紐解いた。


「A を“明日の午後7時にカレーライスを作って食べる”

B を“二年後に10億円稼ぐ”とするじゃないですか」


辻は、黒い漆喰(しっくい)で艶(つや)やかな内箱の一点を見つめるように、淡々とした口運びだった。


「どちらも未来のことなのに、僕にとってA は簡単に達成できそうで、B はなんだか無理そうに感じるんですね」

「おう」

「A ならまず、カレーの材料がなければ、当日の夕方までに買い物に行って、5時半ごろから調理開始すれば、午後7時にカレーライスを食べられると思うんですよー。

それって、小さな事だけど、未来実現じゃないですか」
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