バナナの実 【近未来 ハード SF】

二人は、またどこかで再会できたらいいですねぇ、と別れたが、今、やすがサイゴンに向かうなら、ここを脱出するいいチャンスだと考えた。


昆明まで行けば、亮さんと再会できるかもしれない。


そんな思いがあっての決断であった。


色鮮やかで身体のシルエットに沿ったアオザイと、三角のノン笠が印象的なサイゴンで目の疲れも癒した辻は、数日滞在した後、やすに別れを告げ、陸続きに一路、中国の昆明を目指した。




エィ、ヤァ!と声が聞こえてきそうな勢いで、全身汗だくになりながら突きや蹴りを繰り出す男三人とそれを見守る一人の赤いふんどし一丁の男。


みな真剣な表情をたたえ、緊張が張り詰める。


裸足で蹴られる床の伴奏と、フン!と空を裂く音、力を貯め一瞬にして放たれる息、パチン!と拳と掌(てのひら)が激しく当たる四重奏が、狭い部屋の中で繰り広げされている。


パン!と、手を叩く音が室内に響く。

同時に「ハイ、止めー!」と、真紅(しんく)のふんどし男が発すと、他の三人の表情は一気に和らいだ。


十日かけベトナムを北上し、昆明にたどり着いた辻は、無事、亮とも再会し、彼の紹介で元格闘家のジロウと元サラリーマンの福井と知り合う。


辻が来る以前から三人、格闘技の練習をしていたところに、自然と辻も加わっていたのである。


みな自由参加ではあったが、赤ふんどし姿のジロウ指導のもと、夕方の二時間、四人で格闘技の練習に励む日が続いていた。


元格闘家、ジロウは、辻と同い31歳。

最近は、贅肉(ぜいにく)が付いたらしいが、それでも格闘家らしい体つきだ。


彼は、プロの世界で期待されデビューしたが、いい成績を残せず引退、今は、日本でジムトレーナの仕事をしている。
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