バナナの実 【近未来 ハード SF】
第10章  海に浮かぶ氷山




■ 第10章 海に浮かぶ氷山 ■





今夜こそはと思い一軒目のクラブで目当ての女性を探すが、不穏(ふおん)な電波をキャッチし雲隠れしたように彼女は現れなかった。


溜息(ためいき)をついた辻だったが、時効前の犯人を待ち伏せるよう二軒目のバーに向かい二階でビリヤードをして過す。


諦めがつかないのと、もう見つからないだろうという思いが堂々巡りする中、ただ、無駄に時間だけが過ぎていくようだ。


喧騒(けんそう)としたプノンペンに疲れた辻は、気分転換をかねポイペットのカジノリゾートへ行く予定を立てた。


バスで9時間の小旅行に、誰かいい娘(こ)がいれば誘いたかった。見つからなければ、一人でも行こうと考えたのだった。


店の時計は、もう午前5時半を周り外の地平線は青白くなり始めている。


どうせ買ってあるバスチケットは、自分の分の一枚だけ。ふいになるものは何も無い。


もう探すことを諦め一階へ急な階段を降りる。そして、ネジが一本足りないロボットのように顔を90度左のバーカウンターにひねり、ゆっくりとした足運びで外に出ようとしたその時だった。


「!」


何年もずっと探していた落し物を見つけたかのように、ハッとする。


あの女性がカウンター近くで一人寂しそうに、ちょこんと猫背で座っているではないか。


女は辻に気付いていない。


彼女を目にしても、もう、一人で行こうと決めた彼の足は慣性(かんせい)を失わず、そのまま店の外へ出てしまった。


今まで溜め込んだその女性に関する絵が一度に再生されると、宙を舞う事故にあった被害者が目にするようなスロー映像として辻の瞳に映し出された。


駄目もとで誘ってみようか。いや、今からでは、バスに間に合わない・・・。


それでも、店の外に出た一歩は不意に止まっていた。
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