オフィス・ラブ #another code

「後任は、林田君かな」

「でしょうね、メディアにも精通してらっしゃいますし」



年長の部下を脳裏に描く。

若干楽観的で自由すぎるふしはあるが、クライアントの要望を見極める段になると、素晴らしい勘を発揮する。

そもそも、チーフポジションにつける階級に達しているのが彼しかいない。



「じゃあ、林田君の持ってる新聞は、野本君に一任するとして」

「雑誌は、大塚ひとりに寄せましょう」

「負担すぎない?」

「できます」



手帳の空白ページに新体制を書きこみながら、ずっと引っかかっていた部下の顔を思い出す。

誰か、今後も彼女を気にかけてくれるといいのだけれど。


朝、給湯室で見た彼女の涙が目に焼きついて離れない。

たちの悪い嫌がらせに怯え、見たこともないような感情の揺れを表に出した彼女。


こういうことか、と思った。

女性の部下を持つというのは、こういうことかと。


性別の違いよりも、個性の差のほうがよっぽど重要で大きい。

それでもなお、男と女は違う。

上下でも良し悪しでもなく、違うのだ。


それが新庄の考えだった。

たぶん彼女も、似た信条なんだろうと想像がついた。


ひと昔前なら、女性の営業は、広告主と寝て仕事をとってこいとまで言われた業界だ。

今でこそ、そんなとんでもない風潮は消え去ったものの、泥臭い風土はいまだに時折ふと顔をのぞかせる。

そんな中、自分の性をパーソナリティの一部と受けとめ、振りかざすでもなく卑屈になるでもなく。

快活に颯爽と働く彼女は、見る者の気分を明るくさせた。


けれどやはり、自分の考えは甘かったのだ。

プライベートのことまで、口を出すべきではないとわかってはいても。

知ってしまった以上、彼女に何かあったら、自分は一生、己を許せないだろう。


自分がいなくなった後も。

誰か、彼女を気にかけてやってくれるだろうか。



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