オフィス・ラブ #another code
爪が手のひらに刺さる痛みで、こわばるほどに握りしめていたことに気がついた。
「大義名分があれば、いいんだ」
年月のぶんだけ深みを増した声が、あの日と変わらない、楽しげな調子で言う。
反論できなかった。
大義名分といえば聞こえはいいが、要はただの私怨を元に、自分は。
堤の優れた企画を汚し、コンペの場を汚し、仲間たちとつくりあげた企画も汚し。
あげく、何も手に入れなかった。
部下を持った今ならわかる。
自分の感情が、どれだけ幼稚で一方的だったか。
たとえば松岡と堤が自分の部下だったなら、何ができた?
松岡が壊れていくのを、とめられたか?
堤を、責められたか?
部署全体の利益を犠牲にしてでも、松岡に仕事を振ることが、できたか?
抜けてくれたほうが楽だと、絶対にそんなことは思わなかったと誓えるか?
簡単に答えが出る問題ではないのだ。
誰にも言いぶんがあり、その数だけ真実がある。
間違ったことをしたとは思っていない。
堤のやりかたは、卑劣で傲慢で、人を人とも思わない冷徹さに満ちていた。
けど、自分だって。
あそこまでする権利など、これっぽちも持っていなかったのだ。