きみのために -青い竜の伝説ー
34.霧の中 1
「皇子、どうかされたのですか?」
「いや。。なんでもない。」
ウェルスターと並び歩く。執務室へ向かっている。

『私は何か忘れてきただろうか?』
ふと、歩みを止めたフランツ。

頭に靄がかかるような、何か忘れているようなひっかかりを感じている。
『何か忘れてきただろうか?』

「皇子?」

「なんでもない。行こう。」



☆☆☆

ウェルスターの執務室に入ると、アイザックが少女を調べているところだった。
「アイザック、何かみつけたのか?」

『なんだろう、この胸苦しさは?』

「ええ、何か首飾りをしているようです。今確認しようとしておりました。」
アイザックは倒れた少女のすぐそばに膝をつき、胸元にかかった首飾りを手にしていたが
すぐに立ち上がり、フランツ皇子のほうへ直った。

私は頷いてみせた。
「身元がわかりそうなものは何か出たか?」
ウェルスターが聞く。
「何も持っておりませんでした。」
「何も?」
「はい。靴も履いておりません。あるいはどこかで脱げたのかも。」

「一体何をしていて・・靴も履かず・・」

私は少女のそばに寄り、膝をついていた。
何故だか近づくことにためらいはなかった。
そんな自分にためらった。

足にいくつもできた生傷が痛々しい。

心が締め付けられるように苦しくなった。
なぜ『苦しい』のか?

少女を縛る縄がその白い肌にこすれた跡をつけているのをみると、溜まらず、私の手は縄をほどきにかかっていた。ウェルスターが止めるのも構わずに。


自分の頭と身体がまるで別物のようだった。
頭は冷静に見ているなのに、身体がこの少女に対して勝手に動いているようだ。
この少女は何者なのか?


「首飾りに何か特徴は?」
「ただのガラスか何かかと思われます。特に高価な宝石にも見えないようです。」

もう一度アイザックが膝をつき、その首飾りをよく見えるように掌に載せ私に見せる。
確かに…きれいな澄んだ青をしているが見たことのある宝石のようではないようだ。
細くより合わせた糸に結ばれたそれはお守りか何かの類にも見て取れた。

柔らかそうな黒髪。
私はそっと少女の顔にかかった髪を払った。
そんな自分の行動にはっとして手をひいた。

私を見て離さなかった黒く大きな瞳。それがそんなに印象的だったのだろうか?
≪こんな状況だというのに私は何を。。≫

全く自分ではないような自分に戸惑う。


それでも、手が勝手に少女の痛々しい腕の傷口近くに触れた。
「っん!、、」
びくっと少女が体を震わせた。
少女のうめき声に私の体中が反応していた。



「痛っ、、」
少女の目が開いた。
「!!きゃ、、きゃーっ!!」

バランスを崩して後ろへ倒れこみそうだった少女を
無意識で私の腕がその身体を引っ張り、受け止める。

『本当に私の身体はどうしたのだろう??』


理解できなくて、まじまじとその少女の瞳を覗き込むように言った。
「きみは誰だい?」

『誰なんだ??なぜ私はこの少女に反応している??』


少女もまじまじと私を見つめ返している。
どこかで会ったことがあっただろうか?
「ディアナ。私の名前は…ディアナ。」

『ディアナ・・・』

その名前は私に沁み渡るように響いてくる。
ディアナ。。ディアナ。。

だが霧に包まれたようで、、明らかにならない。

何かがひっかかる。。



「ではディアナ。さっき、どうしてきみはあの場所へいたのか、
説明してくれるかい?」

何かが私の心を突き動かすように、この少女への関心をとめどなく沸き起こしてくる。
私の様子にだろう、ウェルスターがぽかんとしている。
私も私自身が信じられない。
アイザックも驚きを隠せないようだ。
「フランツ皇子、少し距離が近いようでは?尋問は我々がしますので…」

「おう、、じ?」

「きみは誰に指示されてあの場所にいた?あの場所で隠れて何をしていた?」
「いったい何の話を。。。」口ごもる少女。

「私はさっき、ただ、、大きな男の人が突然、、突然、、倒れるのを…」
ぎゅっと目を閉じる少女。身を縮め、震えているようだ。


『抱きしめたい』頭のなかで声がした。
繰り返す、その声は・・。



「倒れるのを見た?」
少女は小さく首を縦に動かした。震えがとまらない。

「突然・・突然あそこに居て・・どうしてだか・・そしたら・・」
蒼白な少女の顔色よりも、アイザックにはこの少女を心配そうに見つめる
フランツの眼差しのほうが意外で驚いてしまった。
「フランツ皇子?」
声をかけるアイザック。

私はアイザックに指示をした。
「アイザック、すぐに腕の手当てを。それから何か羽織れるものも。」
「皇子!まだ正体がはっきりしていません、そのようなお気づかいはいかがかと・・!」


私の手がそっと少女に伸びていた。
頭をそっとなで下ろす。


なぜなんだ?
私は無性にこの少女に安心を与えてやりたくなるらしい。
震えなくて大丈夫だと、抱きしめてやりたくなるらしい。
だがさすがに初対面の少女を抱きしめることはできない。

理性で身体を抑え、少女の頭にそっと手をやるだけにした。

『頭の中で繰り返す声。知っている。それは、』

「ディアナ。この首飾りは、大切なものかい?」
すっとその名前は私の口をついて出た。
驚くほど、馴染みのある名前に感じられる。

ディアナと呼ぶと、彼女もすんなりとうなづくのが見えた。
『私たちはどこかで出会ったのだろうか・・』

「では、この首飾りは少し預からせてもらおう。いいかい?
きみの身元がはっきりすれば返してあげよう。それまでの保証に。」
私は青く澄んだ玉に触れた。
ディアナは思わず玉をつなぎとめている首元の紐を手で押さえる。

私はなだめるように言っていた。
「大事なものを預けてくれればきみはきっと逃げ出したりしない。
陰謀と無関係なことを証明してくれる、よね?ウェルスターもきっときみの無実を認めるよ。」
「皇子!」
ウェルスターが頭をかかえている。
アイザックがくく、とわらう。

ディアナは瞳をぱちくりさせて私たちの様子を見ていた。
私と目が合った。
「私が無関係だとわかれば、家に帰してくれる?」
「ああ、もちろん。」

『ティアナも私と同じ懐かしい思いをしているのだろうか・・?』


頭の霧が深まるような、けれど温かさが広がるような、不思議な思いがした。
『頭の声』は私の声だった。誰かの声音ではなく私自身の声と同じだった。
だがなぜ?
私は何か、忘れているのだろうか?

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