今、鐘が鳴る
「お嬢様、顔、赤いよ。……そっか。惚れちゃったか。」

私はふるふると首を横に振り続けた。
涙がまたボロボロとこぼれた。

中沢さんは、皮肉っぽい顔で言った。
「……否定できるうちに引き返したほうがいいと思うよ。お嬢様と泉勝利じゃ世界が違いすぎる。しょーりと付き合ったら、暗闇の世界に連れて行かれちゃうよ。」

陳腐な比喩なのに、ゾクッとした。
「どういう意味ですか?」
ハンカチで涙をおさえながらそう聞いた。

「さあ。噂だから。でも、女を幸せにできる男じゃないのは確かだよ。」

……噂。
納得いかない。
ハンカチを片付けて、涙を払って顔を上げた。

「どんな噂があるんですか?」
中沢さんは肩をすくめた。
「……お嬢様、冷静になったほうがいいな。続きは明日にしよう。待ってるよ。」

中沢さんは車で来ているらしく、裏門へ向かって去って行った。
私は表門を出て、ずんずんと坂を下りていく。
5分ぐらいで阪急の駅に着いた。

冷静にならなきゃ。
私は、あんな人、好きじゃない。
ただ、怖くて、不思議で、宇宙人で……興味があるだけ。

あのめちゃくちゃな競走。
ピンボールのように人にガンガン当たっちゃって……大丈夫かな。

足、真っ赤だった。
痛いだろうな……。

何だか居たたまれず、電車に乗ってからすぐにスマホで擦過傷を検索した。
火傷を伴うこともあるらしい。
治療法は、水道水でゴシゴシ洗う!?
二重に痛そう。
本当に明日、走れはるのかしら。



翌日は、大学に行く必要もなかったけれど、図書館に行くと母に告げて競輪場へと向かった。

お昼過ぎに到着して、場内の食堂で名物のホルモンうどんをいただいてみた。
黒いふわふわした柔らかいモノがおうどんの上にいっぱい乗っていた。
恐る恐る食べてみると、臭みもなく、美味しかった。
どこの部位かをお店の人に尋ねると、牛の肺らしい。

「美味しいですね。はじめていただいたのですが、驚きました。」
「市場には出ぇへん部位やしなあ。」
そんな会話をしていると、中沢さんが来た。

「ごきげんよう。中沢さん。」
敢えてすましてそうご挨拶した。

「ごきげんよう、お嬢様。フワ、美味しそうだな。僕にも1杯ください。」
そう注文すると、中沢さんは私のすぐ前に座った。

「フワって何ですか?」
新たな競輪用語かな、と質問すると、中沢さんは私の食べているおうどんを指さした。

「それ。ホルモンの部位の名前だよ。フワとかプクとかヤオギモって言うんだ。」
「韓国語ではプップギて言うそうですわ。はい、600円。」

お店の人が中沢さんにホルモンうどんを持ってきて、ついでに私にも大きな塊を3つ追加してくださった。
「サービス。また来てや。」
「ありがとうございます。」
……改めて食べてみる……うん、生姜の香りとおだしと素材のコク。

やっぱり美味しい。
「お嬢様のお口に合ったようだね。」

ぺろりと平らげた中沢さんに揶揄された。
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