今、鐘が鳴る
泉さんからの着信が4回もある。
どうして?
あれから音信不通だったのに……。

それに、レースに出てらっしゃるはずじゃなかった?
競輪選手は、レースの前日から最終日のレースが終わるまで、外部との接触が禁止される。

泉さんが電話を寄越すということは……まさか、落車?
大変!
それまでの穏やかで心地よい幸せは、どこかへ消えてしまった。

とりあえず、スマホでレース結果を確認した。
泉さん、失格……。

続いてレースダイジェストを見ると、泉さんに頭突きされた3番車が落車。
その後ろの6番車は3番車に乗り上げてくるりと前方転回するように落車。
隣を走っていた1番車にも自転車が当たったらしく、落車。

……3車の落車……これは失格になっても仕方ないかもしれない。
泉さん自身は無傷で、しかも1着でゴール線を通過していた。

怒ってらっしゃるだろうなあ。
苦笑していると、5度めの着信。
慌てて電話に出た。

『やっと出た。早よ出ろや。』
失礼な泉さんの言葉なのに、私はきゅーんと胸が甘く疼いた。
どうしよう……認めたくないけど、うれしい。

「あの……レース……」
『見てたんやったら連絡してこいや。むかつく。』
すみませんでした、見てませんでした。

「お体、大丈夫ですか?」
『俺はピンピンしとるわ!……お前、来ぉへんけ?胸くそ悪いから、付き合えや。』
……何につきあえ、と?
どこへ来いと?

返事に窮してると、温泉たまご場から碧生くんがこっちをじっと見てるのに気づいた。
その目が、何もかもわかっているかのように思えて、私は戦慄した。

『聞いてるけ?あかんの?あかんなら別にいいけど。他の女誘うし。』
電話の向こうで泉さんが苛立っている。

でも私は、碧生くんから目をそらせず……
「ごめんなさい。家族旅行中で、うかがえません。」
気づけばそう断ってしまっていた。

『わかった。』
それだけ言って泉さんは電話を切った。

電話を鞄にしまって、私は碧生くんのもとへと向かった。
「大丈夫?」
碧生くんの問いかけに、ドキドキした。

「何が?」
うまくとぼけることもできず、そんな変な受け答えをしてしまった。

碧生くんは苦笑した。
「行きたいなら、行ってもいいんだよ?」

……心が凍り付く。
やっぱり知ってる?

「どこへ?……旅館に戻る?それとも外湯巡りをしてみる?」
必死で誤魔化そうとするんだけど、言葉が空回りしている。

碧生くんは
「戻ろうか。」
と、温泉たまごを引き上げた。
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