甘いだけの恋なら自分でどうにかしている

それだけなのに、キッチンに立つ母と横で話を聞いて欲しいと爪先立つ小さな自分が思い浮かんだ。

『お母さん、今日、校庭にね犬が入って来たんだよ』
『まなちゃんがピンくれたの! 可愛い?』
『やったー! オムライスだー!』

私の話にそうなのと頷く声や、リズミカルに刻む包丁の音、小さな鼻歌、味付けをみる仕草、私の鼻腔をくすぐる野菜を煮込む香り、そっと向けてくれる優しいまなざし、半熟に焼いてくれたオムライス。
その全てが愛だったんだなと、ふと涙が込み上げてきて気づく。胸の中から感謝が溢れ出してくるようなそんな感覚だった。

「あ……」
淵から涙がこぼれてきたので、口を閉じて堪えた。食事しながら泣くって、ちょっと面白すぎる。
「すみません、急に。おいしくて」と笑って誤魔化すと、課長は静かなまなざしで「違うだろ」と諭すように言うので、はいと頷いた。

課長はそっと席を外すので、私は食べながら泣いた。
自分の塩分が足されてちょっとしょっぱいけど、沢山の優しい愛の中にいたことを思い出させてくれる、そんな味だった。
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