甘いだけの恋なら自分でどうにかしている

そういうことでと先に戻る若槻の背中を見送った。手すりを掴み、空を仰ぎ見る。
取り残されたような雲がぽつんと浮かんでいて、華さんに言われたことを思い出した。

『昔の恋をぶり返しそうになったから、気をつけないとって感じの話だったかな』

昔の恋というのは、若槻のお姉さんのことを言っていたのだろうか。

若槻と顔が似てると言ってた。数年ぶりに会って成長した彼女とお姉さんを重ねて見てしまうところはあったのかもしれない。

婚約破棄された思い出以上に好きで、忘れられなかったのか。

そんな人がもう他界してると知って、どんな気持ちになったんだろう。

ふと元彼と別れた夜に課長と話した言葉が心をかすめる。

『まあ、別に小千谷がこの先恋愛で苦労しても構わないけど。相手は呪うなよ。感謝して見送ってやれ。得意の口先だけじゃなく、心からのな』
『なんか逝った人を見送るようですね』
『……そうかもな』

あのとき、課長は私と話しながら、誰かを見ていたのかな。

「課長は、見送れたのかな」

呟くと、心がとても切なくなった。
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