甘いだけの恋なら自分でどうにかしている

「おい、おやじ」
「はい」

課長が私をこう呼ぶときは大概機嫌がよろしくない。

「ちに濁点がつきまして、おぢやです。ちなみにその言い方はセクハラに当たると思いますがよろしいでしょうか」という台詞が浮かんだけど、飲み込んだ。

課長がこの営業所にきてから一年と少しばかり経つので、いい加減空気を読めるようにもなった。

「北海道カニ三昧。北陸魅惑のカニ祭り」と、課長が淡々と声に出して読み上げる。

勉強会の資料を見ているはずなのに、課長は急にどうしたんだろう。
しかし、どこかで聞いたフレーズだなぁ、なんて悠長に思っていると資料を反転させ、私に向けた。

外回りの帰りに旅行代理店に並べてあったチラシがそこにはあって、そういえば蟹が食べたいと思って持って帰って来たことを思い出した。

まさか課長に間違えて渡すなんてどうかしている。

「誰が旅行を調べろと言ったんだよ」
「すみません。こっちです」と、慌てて勉強会の資料を手渡した。
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