夢恋・second~その瞳に囚われて~

「終わっただって?だから泣いていたのか?さっきの件が理由なら、俺から課長にうまく話すよ。今から、なんでもないと説明しに行ってくるから。今日は行かなくてもよくなったと、課長に言わないと」

拓哉は、真剣な目で私を見つめながら、さらに言う。

「課長には芹香を渡したくないと思ってるけど、正々堂々と勝負したい。こんな奪うような終わり方じゃなくて。今はまだ、俺たちの間にはなにもないんだから、誤解を解かないと」

そのままどこかへ行こうとする彼に、大きな声で言った。

「私は二番目でもいい。佐伯さんじゃなくて、拓哉といたい。拓哉じゃないと駄目だと気付いたの。泣いたのは、佐伯さんにふられたからじゃないわ。私が悪いの」

「え……っ」

ゆっくりと振り返った彼に、笑ってみせた。

「バカでしょ。本当にどうしようもなくて。あの日、拓哉に言われたことを忘れてはいないのに。……恋人に戻りたいなんて言わない。拓哉は、彼女を一番に考えていて。ただ、今は少しだけそばにいたいの。それは……叶わないの?」

驚いた顔の拓哉を見つめる。
本当は違う。ずっと一緒にいたい。
好きで、堪らない。彼女ではなく、私だけを見てほしい。
だけど他にどうしようもないから。誰かを傷つけるくらいなら、私が傷つけばいい。

「そんな。佐伯さんとのことは……このままでいいのか?大切な人だったんだろ」

拓哉が困った顔で私を見つめる。
そうよね。困るよね。……だけどこれが、今の私の精一杯。

「だって……他にどうしたらいいか……分からなくて。……もう、止められないから」

「一緒に……来て。ちゃんと話すから。聞いてほしい」

拓哉は私の手をギュッと握ると、歩き出す。
もしかしたら、彼女の話をされるのかも知れないと少しだけ怖くなった。だけど、このまま逃げだすこともできない。

しっかりと繋がれた手を見る。
この手の温かさを、当たり前だと思っていた過去を思い出し、悲しみが押し寄せてきた。

あの日の、痛いほどの手の冷たさが、忘れられない。
この温もりを、あの時に感じることができたなら。
夢のような恋人の時間を、終わらせることなどなかったのだろう。



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