蕩けるくらいに抱き締めて(続き完結)
10.先生、恋しくなるお時間です
『蘇芳先生は勉強の為、出張中』

院内のスタッフ全員には、そう通達されていた。だから、雪愛も、何の疑いも持っていなかった。

「…雪愛ちゃん、今夜は空いてる?」

内科の外来。昼休憩に入ると、三条先生が雪愛に問いかけた。

「…すみません。最近、母の体の調子が悪くて、今夜も見に行かなければいけません」

「…そう。お母さん、そんなに具合悪いの?」
「…仕事に行けるほどらしいんですが、あまり良くないみたいです」

「…1度、うちの病院で検査してみたらどうかな?もし、大きな病気とかだったら、大変だし」

「…私もそう言ってみたんですが、病院が遠いから嫌だって」

そう言って肩をすくめた雪愛。三条先生も困ったように笑って。

「…そっか。無理強いは出来ないね。でも、いつでも来れるよう手配するから、その時は相談して」
「…はい、ありがとうございます」

そう言うと、雪愛は昼休憩の為、いつものように屋上に向かう。そして、ベンチに座って、思わず溜息をついた。

…あれ以来、三条先生からの誘いには1度も受けていない。母の体の具合が良くないのは本当で、度々実家には帰るが、毎日というわけじゃなかった。でも、それを口実に、三条先生から逃げてるのもまた事実。
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