はなって
◯◯

「そんなこと言っても、ハルコ、結局鼻が好きなんでしょう」

リンちゃんの鼻が暖かい湯気に触れてひくりと動く。
お昼時、学食にて。肌寒くなってきたこの季節に私たちはあったか〜いうどんを頼んだ。

「ホラ、見てる」

呆れたように言われたけれど、反論させてほしい。

「だってリンちゃんの鼻、綺麗なんだよ」
「はいはい、ありがとうありがとう」

と、ズルルッと勢いよくうどんを啜って、リンちゃんは顔を上げる。
うん、綺麗な鼻。目頭から緩く高さを持って、鼻の頭で細くなる。そのまますとんと下がって控えめに二つの穴。すごい、きれいきれい。綺麗なお鼻。

「でも、わたしは、"綺麗"なんでしょう」

そう言われれば、うっと詰まる。
誤魔化しついでにうどんを啜る。
うん、あったか〜い。

「なんだっけ?春子式お鼻評価?」

その陳腐でダサいネーミングに、ふと高校時代が蘇る。

『あのね、可愛い、素敵、綺麗、美しい、艶やか、とこの5ランクで分類している春子式お鼻評価では、リンちゃんは"綺麗"なのでーす』

セーラーに身を包んだ私が鼻高々に、人差し指をたてて講釈している図。

うわあ、恥ずかしすぎるなんだこれ。

「あの時のハルコ、本当驚いたわ。いきなり立ち上がって何を言いだすかと思ったら」

リンちゃんはレンゲで器用に天かすを掬って口元に運ぶ。リンちゃんの鼻はレンゲで隠れて見えなくなる。
あーあ、と残念に思っている横で、ガヤガヤと一人なのに喧しいのが入ってきた。

「あ、来たわよ。"艶やか"くん」

リンちゃんはそう言ってニヤリと笑った。
あ、その鼻綺麗。


「よーハナコー」

のしっと肩に重みを感じるが、無視。
なぜって?決まっている、私は鼻子ではない。

「おーうどんくってんじゃーん。いっただっきまーす」

肩の重みが離れたと思ったら割り箸を取り上げられ、半分ほど残っていたうどんはずずっと隣の席に引かれていった。

果てしなく、この上なく、言葉に尽くせないほどに!!
なんて!
なんて失礼極まりない態度なんだ!!!

私の憤慨をよそに、うどん泥棒はちょっとぬるいね、なんて言いながらズルズルとうどんをすする。


しかし、ダメよ、春子。
ここで反応してはダメよ。
そして決して顔を見てはダメ。
"艶やか"なヤツの鼻を見て仕舞えば、終わる。
絶対に、確実に、たとえ天地がひっくり返っても!!

ぐぬぬ、と拳を握り締めながら、目の前の"綺麗"さんをみる。
あぁ、綺麗。
正面からもいいけれどちょっと角度を変えてみるのもとても綺麗。
うふふ、なんて綺麗なんでしょう。
そわそわと心が浮き足立って、椅子に座ってるのに雲の上にいるみたい。幸せ。"綺麗"な鼻を見れるなんて。

「あ、うどんなくなったや、ハナコーかいにいこうぜー」

無視。
鼻子じゃないっつーの!

「はやくーはやくー根暗ハナコはやくー」

根暗でもないっつーの!

ヤツは頑として動かない私もなんのその、ズルズルと私の腕を引きずりながら、券売機へ向かう。
ズルズル。ズルズル。

「っ、ちょっ、痛いっつーの!冬馬!」

うん、普通に痛かった。
摩擦舐めんじゃねえぞ、コラ。
ヤツの腕を振り払って、自分の足でしっかり立つ。
そうして顔を上げた先には、

「あ、やっとこっち見た」


"艶やか"が、
文句無しに審査員が全員10のフリップを上げるような、
あのダビデ像さえ恥ずかしくなってしまうような、
もはや、神の創造物の中で一番崇高なんじゃないかと思えるような、
そんな、"艶やか"が、

小綺麗な顔のど真ん中に君臨していた。

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