カフェ・ブレイク
少し考えたらしく、なっちゃんは質問の角度を少し変えた。

「じゃあ、あの人にどうなってほしいと思ってるの?章さん、自分に気持ちを向けて欲しいとは思ってないのよね?他の新たな人が掠め取ってってもいいの?それとも……小門さんがあの人に戻るのを待つの?」

俺は思わずなっちゃんの頬をつねった。
小さな悲鳴をあげたなっちゃんの口を唇で封じて、しばらくしてから言った。
「真澄さんが昔の笑顔を取り戻してくれるなら、誰でもいい。でも俺じゃ力不足。」

「……章さんはそれでいいの?あの人にまったく関われないの?」
さっきまでの拗ねモードもお怒りモードも消えて、なっちゃんは俺のために泣きそうになっていた。

「心配してくれるの?ありがと。……なんだろうねえ。聖女の前だど毒気抜かれるのかな。」
そう言いながら、なっちゃんの瞳からこぼれ落ちた涙を指で払った。


「俺のじーさまがさ、純喫茶マチネは港でありたい、っ言ってたんだけど、今、マジでそんな気分。」
「港?……お客さまが、寄港するの?」
「うん。そんな感じ。毎日来てくださる常連さんももちろん大事だしありがたいけどさ、何年、何十年ぶりにふらりと訪れた人も安心して寄港してくださる港。」

目を閉じて、じーさまを思い出す。
……じーさまにもいたんだよな……初恋の、忘れ得ぬ人。
学校を卒業したら告白するつもりだったのに、彼女は中途退学して親の決めた許嫁の海外赴任について行ってしまったらしい。
じーさまも見合いで結婚したけれど、初恋の女性は日本に帰国する度に純喫茶マチネを訪ねてくれたって、うれしそうに言ってたっけ。

10年以上真澄さんの訪れを待ってる俺は、じーさまがよく言ってたように、彼女の港になりたいのだろう。
それでもう充分……なんだよ、たぶん。

「じゃあ、章さんは灯台守なの?」
「そうなるな。毎日、小門がつらい想いをしてないか、なっちゃんが機嫌よく過ごしてくれてるか、常連さんたちは元気か……俺にとっては重要事項。そのためにずっと店にいるようなもんだから。」
真澄さんは数年に1度しか来てくれないけど、と、心の中で付け加えた。

なっちゃんは、少しの逡巡のあと、聞いてきた。
「じゃあ、私も、また来てもいいの?」

ドキッとした。
「もちろん。いつでもおいで。てか、こっちに戻ってくればいい。どうせ任期付きの雇用なんだろ?」

「そうね。でも5年もあれば、他に好きな人ができて、再婚しちゃうかも。」
冗談のつもりか、強がってるのか、そんな風になっちゃんは言ったけれども……また目が潤んでいた。

「5年か。長いな。確かに。俺も適当な誰かと結婚して子供もいるかもな。」

なっちゃんの目から涙の粒がポロポロとこぼれ落ちた。
「……そしたら一緒には住めないけど、部屋はいくらでもあるから、いつでも頼って来いよ。店もいつも開けてるから。」

「……結婚……してなかったら?」

なっちゃんがかぼそい声でそう聞いた。
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