カフェ・ブレイク
この関係が永遠じゃないことは、最初からわかっていた。
いつでも逃げ出す準備もしてきた。

でも、もう少し、あと少し……この甘美な時間を共有していたい。
せめて、あと一年。
義人くんが高校を卒業するまで。


4月。
この学園に来てはじめて、任期を区切っての契約を交わした。

吉永先生は過度に期待し、ますます私を誘った。
ソメイヨシノが散りはじめた、始業式前日。
「非公開の銘木が満開なんですよ。」

……そんな言葉にだまされて、のこのこと出かけると、吉永先生のご両親が待機しているお部屋に案内された。

「やっとお会いできましたね。拓也の父です。今日は、ゆっくりくつろいでください。」
くつろげ、と言われてくつろげるはずもなかった。

……吉永先生はニコニコしていたけれど、お父さまもお母さまも値踏みするかのように私をジロジロ見ていた。

「拓也は、長男です。」
お母さまの第一声は、かなり怖かった。
「夏子さんのことは、失礼ながら調べさせていただきました。」

「お母さん!」
吉永先生は慌てて母親を止めようとしたけれど、彼女はハッキリと言い切った。

「あなたの御両親が離婚されていることも、あなたご自身の離婚も、正直なところよく思っていません。」
まあ、そうでしょうね、と私は神妙にうなずいた。

「でも、拓也のみならず、私の従兄までもあなたを推薦してきました。私は……」
ぐっと詰まって、それから諦めるように彼女は目を閉じた。
「あなたを受け入れようと思います。」
……文字通り、目をつぶる気になった、ってことらしい。

涙ぐんで母親に感謝の目を向けている吉永先生。
ダメだ、愛想笑いもできないわ。

「盛り上がってらっしゃるところ申し訳ありませんが、私はこのお話をお受けするつもりはありません。」
御両親を交互に見ながら、キッパリそう言った。

空気が一変した。
まさか断られるとは思ってなかったらしく、お母さまの顔が青黒くなり、わなわなと震えられた。
お父さまもまた、険しい顔になった。

「どういうことや?」
と、吉永先生に聞かれるお父さま。

吉永先生はあわあわしていたけれど、観念したらしい。
「まだ、いいお返事はいただいてません。」
と蚊の鳴くような声で言った。

「本当ですか?」
お父さまにそう聞かれて、私はうなずいた。

「お付き合いしたことありません。」
がっくりとうなだれた吉永先生の背中に手をあてがい、お母さまは私をハッキリと睨んだ。

……息子が恥をかかされた、とでも思っているのだろうか。
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