カフェ・ブレイク
おしゃべりはやめて、お静かに

美味しい関係、みたび

「は?何だって?」
驚き過ぎて、小門の言葉が耳に入って来ない。

開店直後にやって来た親友は、俺にしれっと爆弾を落とした。

「BGMがうるさいんじゃないか?ちょっと音、小さくしてくれよ。マスター。」
小門に言われるままに、ボリュームを絞った。

ちなみにこの曲は、うちの店「純喫茶マチネ」では定番中の定番「コーヒー・カンタータ」として有名なバッハの世俗カンタータ「おしゃべりはやめて、お静かに」だ。
……普通は逆なんだけど。
そんな忸怩たる想いもあったけれど、今はそんなことを言ってる状況ではなかった。

「誰に逢ったって?」
「……マスター。言葉が乱れてる。……ったく、意地っ張りというか。かっこつけてないで、あの時、なっちゃんを引き留めりゃよかったのに……」

ぶつぶつと文句を言いながら、新聞のスポーツ欄をチョキチョキと切り抜いている小門。
……一回戦負けでも、記事に頼之くんの名前が出ているらしい。

俺はコホンと咳払いをして、仕切り直した。
「失礼しました。……で?なっちゃんに逢ったのか?どこで?インターハイでか?」

小門は苦笑した。
「全然ダメ。そんなに気になるなら連絡しろよ。意地っ張り。」

「……」

この5年半、何度もしようとしたさ。
でも、結果的にできなかったんだから、しょうがない。

「拗ねるなよ。なっちゃん、インターハイ会場に養護教諭として詰めていたよ。……早急に、住むところを探してるらしい。マスター、空き部屋、提供してあげてよ。」
小門らしくない鷹揚なおねだりだった。

「部屋は……どの棟も空いてるけど……こっちに就職見つかったのか?」
ドキドキする。
何年も忘れていたときめきに、俺は激しく動揺していた。

「いや。ちょっと……わけあり、だな。」
小門はそう言って、顔を曇らせた。

「……何だよ?」
意味深なため息をついて、小門は口をつぐんだ。

おいおいおい。
そこまで言って黙るって!
気になってしょうがないだろうが。

「何?結婚して離婚して帰って来るの?子供連れて?」
「……いや。」
「じゃあ、DVから逃げて来るとか?」
「……理由聞いても、断らないよな?マスター?」
珍しく小門は強い意志を込めて、そう確認した。

正直、俺はたじろいだ。
「ああ。約束したからな。例え、旦那と子供連れて夜逃げしてきたとしても、部屋は提供するよ。」

ほうっと、小門は大きく息をついた。
「それを聞いて安心した。……いや、マスターがいい返事しないなら、玲子は、マスターと縁を切って、なっちゃんと養子縁組してうちに住ませるって息巻いててね。」

「何だ?それ。」

玲子がなっちゃんを溺愛してたことは知ってるけど、養子縁組?

よっぽどのことがなけりゃ、そんなことまで言い出さないだろ。
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