カフェ・ブレイク
「おはようございます。小型のミッションカーに乗りたかったんです。手軽で快適ですよ?」
すましてそう挨拶したけれど、ふと気になって聞いてみた。
「……もしかして、また教頭先生に怒られますか?車が派手とか言われちゃう?」

中沢先生は肩をすくめた。
「言いそう!……でも、気にすること、ないですよ。まさか買い換えろとまでは言えないでしょうから。」

「……言われるんですかぁ。……気にするなって言われても気になっちゃいますね。」
トホホな気分で脱力した。

クラシックカーに平然と乗ってる章(あきら)さんのような心臓になりたい……。

その夜、帰宅すると、姑が飛んできた。
「夏子さん!栄一はどうだったの!?」

「お義母様。ただいま帰りました。」
「挨拶なんてどうでもいいから!」
……少し鼻白んだ。

「はあ。特に異常はなかった、とうかがいました。むち打ちは後日、出るかもしれませんので、心配ですが。」
私がそう言うと、姑の顔が強張った。

「……あなた、まさか、病院に駆け付けてないの?」

え?

「……はあ。仕事がありましたし、お怪我もないとのことでしたので。」

姑は突然、大きな声を挙げた。
「それでも郡(こおり)家の嫁なの!?じゃあ、あなた、私や主人に何かあっても、仕事に行くのね!こんな鬼嫁だったなんて!栄一がかわいそう……」
最後はそのまま泣き崩れてしまった。

私は訳が分からず、ポカーンと姑を見下ろして突っ立っていた。
いやいやいや。
我にかえって、慌てて膝をついて、姑を立たせようとした。

「お義母様。お気を確かに。もちろん、一大事の時には駆けつけますから。」
でも姑は、私の手を払いのけて、
「触らないで!」
と、突き飛ばした。

まさかの衝撃に、私は尻餅をついた。
呆然としてる私に目もくれず、姑はドスドスと肩をいからせて帰って行った。

我にかえってから、手のひらがズキズキ痛むことに気づいた。
擦過傷に砂利が入り込んでいた。

その夜、夫は確かに帰宅が遅かった。
しかもとても疲れているようだった。

「私は器用なほうではないので、慣れない代車の運転に緊張してしまいました。」
見るからにぐったりしている夫に提案してみる。

「車が戻ってくるまで、私が栄一さんをお送りいたしましょうか?」
でも夫は首を横に振った。

「当分かかりそうですから、早く慣れたいと思っています。」
まあ、そうでしょうね。

「気をつけてくださいね。心配ですので。」
夫は、ありがとう、と、ほほ笑んだ。
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