それだけが、たったひとつの願い
「しかし、こんな日にまで地味なスーツでドタバタ走るなんてな」

「かわいそうな目で見ないでよ」

 客観的感想を述べる武田くんに対し、ムスっとして口を尖らせた。
 武田くんは早々に大手企業から内定をもらっているから、私と違って気持ちに余裕がある。
 私も早く就職を決めたいけれど、なかなかうまくいかないのが現状だ。

「怒るなよ。珍しいと思っただけだ。世間じゃ今日がなんの日かくらい知ってんだろ」

 もちろん知っている、と私はそれに無言でうなずいた。
 このカフェの店内も、今月に入ってから存在感のある大きなツリーが置かれ、赤や緑のモールで派手な飾りつけがしてある。
 今日はクリスマス・イヴだ。

 ロマンティックな恋人たちの日なのに、私は面接が長引いたからバイトに遅刻すると、リクルートスーツ姿でドタバタと息を切らして走っていた。

 現在私には恋人はいないから、クリスマスなんて関係ないのだけれど、今日の私の格好は自分でも地味すぎると思う。

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