ライ・ラック・ラブ

「あ……こんばんは。春花お嬢様」
「こんばんは」

警備員の佐野さんと秋永さんより先に挨拶をするどころか、ただ「こんばんは」と言って通り過ぎた、いつもと違う余裕がない私を、彼らが見ているのは分かっているけど、「ごめんなさい」と言う余裕もやはりなくて。
私はそのまま受付へ歩いて行った。


パッと立ち上がった受付の吉田さんが、「いらっしゃいませ」と言った。

「こんばんは。父はいるかしら。とても重要な用ができたので、至急会いたいの」
「あぁはい。少々お待ちくださいませ…………はい、分かりました。お嬢様、社長室へお越しくださいとのことです。そちらに社長はいらっしゃいますので」
「ありがとう」と言った時、私はすでにエレベーターの方へ歩きだしていた。

正さん(あのひと)は父に連絡したのかしら…。
別にそれでも構わないけど。

私は、会釈をしてくれる社員さんたちに挨拶をすることもせず、その事ばかりを考えながら、ヒールの音を響かせて歩き、エレベーターのボタンを押していた。

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