ビタージャムメモリ
その時、柏さんの背後に誰かが立った。

私たち越しに、首を伸ばして会議室を覗き込む。



「眞下は、いるかな?」

「あ」



振り返った柏さんが目を丸くした。

縦にも横にも大きい、年配の男性だ。

あれ、私、この人の顔、絶対どこかで知ってる。



「比留間さん!」



柏さんの呼びかけに、こちらを向いた先生は、訪問者を確認するなり笑顔を浮かべて、嬉しそうにそう呼んだ。

比留間さん…て。

比留間執行役員か!



「どうされたんです、こんなところで」

「本社に用があったんでな、聞いたらお前もこっちにいるっていうんで。久々に顔を見たなあ、おい」



生管との話を切り上げてやって来た先生は、親しげに背中を叩かれながら、ご無沙汰です、と顔をほころばせている。

あれ、比留間執行役員といえば…。



「ちょうどよかった、話したでしょう、彼女が広報部の」

「ああ、あなたが香野さんか」



笑顔で差し出された手を握った。

そうだ、年明けに、私を探していたっていう、彼だ。



「申し訳ございません、一度広報部にいらしていただいたそうで」

「いやいや、眞下たちの技術に入れ込んでる、奇特なPRさんがいるっていうんで、見てみたかっただけなんだ。こんなお若い方だったとは」



柏さんたちを先に帰す先生を見ながら、不思議に思った。

比留間さんの事業所は、先生たちの部署と位置的にも業務的にも、なんの関係もない。

どうしてこのふたりが、こんなに仲よさそうなんだろう?



「私は、眞下を今のグループに入れた張本人なんだよ」



私の疑問を読み取って、比留間さんがにこっと笑った。



「と、言いますと…」

「当時私は電子技術のほうにいてね、眞下は私の下にいた。そのうち、事業部内に新しいグループが立ち上がることになったんだ」


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