ビタージャムメモリ

「まずメディアが静かな時期を狙ったり、例えば選挙や五輪の期間中は避けるとか、あと他社から大きな発表がないかも調べるの」

「それは、競合他社という意味ですか?」

「直接の競合じゃなくても、うちであればIT、AV機器系とのかぶりはチェックしますね、どちらにもいいことないもの」



なるほど。

それで行くと、基本的にBtoBの商売で、そういう意味での競合を持たない私たちは、考えることが少なくて済むのかもしれない。



「産業機器の世界は、競合はないの?」

「もちろんありますが、戦う場面は限られているんです。大口の入札があったりとか、あとは国の規制が大きく変わったりとか」

「プロモーション合戦をすることは、ないということね、そういえばそうね」



そんな世界があったことを今知ったかのように、下山さんがしきりに感心する。

逆に私などは、プロモーションという言葉を使うことすらおこがましい気がしてしまうのに。



「業界の数だけ、常識があるのね」

「格言ですね」

「あとは人集めや当日運営ね、この規模だと手弁当は限界があると思います、広告代理店さんやイベントプロモーターさんとおつきあいはある?」

「それは、会場の方が紹介してくださって」



こちらです、ともらった名刺を見せると、下山さんが安心したようにうなずいた。



「弊社とも取引のある代理店さんよ、大きくはないですがこういったイベントは得意です」

「本当ですか、よかった」

「ここからの段取りは、そちらと進めるのがいいと思うわ、何かあったらまた私にご連絡ください、なんでも相談に乗ります」

「はい、ありがとうございました、本当に」

「成功させてくださいね」



温かい激励をもらって、下山さんの会社を後にした。

外はもう秋めいて、ジャケット一枚だと少し寒い。


はい、頑張ります。

必ず成功させます。

この技術の裏に、人の努力があって、辛酸を舐めた歴史があって、誇りや喜びがあるのを、知ってしまったから。

それをひとりでも多くの人に伝えたいと、思ってしまったから。



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